セレナード第11番変ホ長調 2
作曲は、ウィーンの宮廷に仕えていたH・フォン・ヒックルの妹のためになされているが、すぐれたハルモニームジークとして楽師たちからも好まれたようであり、残された父レオポルト宛ての手紙には、作曲してから間もないある夜、彼らが、モーツァルトの住んでいた家の中庭で演奏して驚かせたということが報じられている。
もっとも、その時はクラリネット、ファゴット、ホルン各二本という六重奏の形であったことになる。
現在、一般的に演奏されているモーツァルト自身がさらに二本のオーボエを加えて八重奏とした版は、1982年7月になって作られているからである。
そのほかにも、さらに二本のイングリッシュ・ホルンを加えて編成を拡大した楽譜が残されているようであるが、これらのことは、この作品が、かなりの人気をもっていたことを裏づけているようにも思われるし、モーツァルトにとっても自信作であったことを思わせている。
それは、彼の最後の年から見れぼ10年前ということになるが、25歳のモーツァルトの若々しさと、すでに成熟していた書法とが、単なる娯楽音楽としての領域を越えて、この作品の内容を豊かにし得た結果と見てよいであろう。