集団安全保障体制とは 4

現代の同盟体制の中でもっとも大規模なNATO(北大西洋条約機構)をとっても、その地理的適用範囲は


「ヨーロッパもしくは北アメリカにおけるいずれかの締約国の領域、・・・トルコの領域又は北回帰線以北の北大西洋地域におけるいずれかの締約国の管轄下にある島」(第6条)

・・・となっています。


日米安保条約の場合を例にとりますと、「日本国の施政の下にある領域」(第5条)、「極東における国際の平和及び安全の維持」(第6条)という表現で、やはりその適用範囲が明らかにされています。


・・・・湾岸戦争の結果、両条約の地理的適用範囲が明確に定められていることが、アメリカを中心とする軍事行動上の妨げとなり、したがってこの制約を取り払おうという動きが生まれてきたわけです。


いま一つは、措置をとる決定を行う主体が国連の安保理であるということです。


原始的な集団安全保障の仕組みの場合は、国連のような国際機構は当然のことながらないわけですから・・・


関係諸国の意志がよほど一致しなければ、実際上は集団安全保障の仕組みが動き出す可能性は乏しいことにならざるを得ません。


集団安全保障体制とは 3

集団安全保障という考え方は、国際社会の平和と安全に対する脅威、破壊があり・・・


あるいは現実に侵略行為が起こったときに、非軍事的措置および最終的には軍事的強制措置によってこれを排除するのですが、国連(安保理)が主体となること(個々の国家ではありません)、国際の平和と安全を維持し、回復すること(侵略などの行為を犯した国家に対する報復ではありません)を目的とする点です。


以下に述べる自衛権(とくに集団的自衛権あるいは軍事同盟)という考え方とは全く異なるものです。


不正確になることを恐れずに単純な言い方をしますと、国連に加盟する国々からなる国際社会の中で、その平和と安全を害する重大なルール違反を犯す国家が現れたとき・・・


国連が国際社会を代表してそのルール違反をただし、国際社会の平和と安全を維持、回復するという考え方が、いわゆる集団安全保障なのです。


このような国連憲章の考える仕組みは、過去のいわば原始的な集団安全保障の考え方と比較しますと、次の3点で大きな発展があります。


一つは、国連が視野に収めているのは今や国際社会全体であって、17世紀の頃のような欧州社会には限られていないということです。


これは、国際社会が地理的に拡大したことを反映した当然の結果といえるでしょう。


集団安全保障体制とは 2

それにもかかわらず事態が深刻化し、「平和に対する脅威、平和の破壊又は侵略行為」(第39条)が存在するに至った場合にも、事態の悪化を防ぐための暫定措置を講じ(第40条)、また、非軍事的措置で問題の解決を図ることになっています(第41条)。


・・・このように、国連憲章は、あくまで問題・紛争の平和的解決を重視しているのです。


国連が上記の脅威、破壊、侵略行為に対して軍事的な強制措置をとるのは、「(非軍事的措置では)不充分であろうと認め、又は不充分なことが判明したと認めるとき」の最終的手段として位置づけられています(第42条)。


この軍事的な強制措置は、「国際の平和及び安全の維持又は回復に必要な空軍、海軍又は陸軍の行動」とされています(同条)。


・・・しかも、その軍事力は、各国が安保理に提供し、安保理の指導の下におかれます(第43条)。


以上が国連の考えているいわゆる集団安全保障の中身です。

集団安全保障体制とは

国連憲章(第7章)は、基本的に考え方を受け継いで、さらに発展させたものであるといえるでしょう。


そのことは、「安全保障理事会は、平和に対する脅威、平和の破壊又は侵略行為の存在を決定し、並びに、国際の平和及び安全を維持し又は回復するために、・・・いかなる措置をとるかを決定する」(第39条)という規定に明確です。


この基本的考え方は、国際社会が当面する問題をなるべく平和的方法によって解決するというものでした。


そのためには、安全保障という問題をできるだけ広い意味でとらえ、経済、社会、文化、人道等の分野で国際的に起こる問題を、国際協力によって解決し、国際紛争の種を未然に防止しようということにありました(憲章第1条3項)。


・・・そのような努力にもかかわらず、不幸にして紛争が起こった場合には、当事者は何よりもまず平和的手段によって解決することが求められています(第33条1項)。


また、国際の平和と安全に主要な責任を負う安全保障理事会は、その紛争の平和的解決のために努力しなければならないことになっています。


農業の国際化とはなにか 4

日本農業にとってはむろんのこと、日本経済全体の今後のあり方を考えるうえで、この問題は避けては通れない、重要な意味をもっているのです。


食料の安全保障食料の安全保障問題を考える前提として、世界の先進国のなかで低開発国をふくめてもいいですが・・・


ひとり日本の食料需給のみがきわめて異常な状態におかれているということを認識しておかねばなりません。


他に比べて食料自給率の水準が飛び抜けて低いばかりでなく、時系列的にみても低下傾向がますます進行し、とめどなくゼロに近づきつつあるという事実がそれです。


食料自給率は次のようなさまざまな基準で計測することが可能です。


第一に、食用農産物の総合自給率があります。


これは農水省が毎年の農業白書で発表するもので、国内生産額を単純に国内消費額で割ったものです。


これによると日本の自給率は1960年の90%から86年70%へと低下しています。


この70%という数字は一見まだかなりの高率のようにみえますが、実はこの計算には輸入飼料が入っていません。

農業の国際化とはなにか 3

農業はたんなる食料供給産業であり、効率性視点、コストの高低のみをもってして測られるべきものかどうでしょうか。


仮に効率的視点だけで律すれば、国内農業は不要であるということにもなりかねないのですが、はたして農業を抜きにした一国経済というものが成り立ちうるのかどうでしょうか。


国民経済の望ましいあり方を考えるためには、効率視点以外にも福祉視点、人間視点がさらに重要なのではないでしょうか。


・・・要するに、いま農業国際化を考えるということは、世界経済なり、日本経済なりについての実態をトータルに認識したうえで、一定の価値判断に立って国民自らが主体的に選択していくということです。


それはけっして宿命でもなければ、外部から押しつけられるべきものでもありません。


そこで、以下ではそうした主体的選択を行なうための素材として、三つの視点から農業国際化についての論点整理を試みることにしましょう。


つまり、1.食料の安全保障、2.国際分業論、3.農業の非経済的価値の三点がそれです。


これら三者は論理的に相互に密接に関連しているばかりでなく、現にガットの場でこれらをめぐってはげしい論戦がくり拡げられている、きわめてホットな問題です。

農業の国際化とはなにか 2

こうした事態に直面して、わたしたちは改めて農業の国際化とは何か・・・


これをどのように評価し、いかにこれに対処すべきかという問題を国民経済全体の問題として虚心坦懐に考えてみる必要があります。


農業の国際化とははたしてアメリカや一部の楽観論者が主張するように、農産物貿易の国境障壁を全面的に撤廃すること、ないしはそれに向うことなのかどうでしょうか。


それによって農業生産の効率化・資源配分の適正化が本当に達成されるものかどうでしょうか。


市場原理ははたしてそれだけの信頼に値するものであり、またそれを支える社会的・政治的条件が現実に存在しているのかどうでしょうか。


それはひとり農業に対してのみならず、現行の国際経済秩序全体に対して投げかけられている問いかけでもあります。


他方、それと同時に、国内に向っては次のような問いかけを発してみる必要があります。


農業とは国民経済にとって一体どのような意味をもっているのでしょうか。

農業の国際化とはなにか

残存輸入制限という外濠を埋められたうえ、国家貿易という内濠も次第に狭められようとしているのです。


以上に代るものとしては国内政策ということになるでしょうが、その国内政策についてもガットでバインドしようとする動きが強まっていることはおわかりでしょう。


・・・とするならば、日本の農政は一体どう変わり、日本農業ははたして生き延びられるのでしょうか。


国民経済のなかでの農業のあり方を根底的に問い直してみなければならない段階に、いまわたしたちは立っているのです。


1960年に始まった日本農業国際化の歩みは、いまその最終局面を迎えようとしています。


この数年来、円高の進行によって農産物輸入が急増しているばかりでなく、ガット・ラウンドでの農業交渉が農業国境調整・国内農業政策・ガット農業ルールを三位一体化した形で展開されているからです。


その帰趨のいかんによっては、日本農業は文字どおり存亡の危機にさらされることにもなりかねません。

古代美術の装飾 4

端ほど狭くなるバンド状であって、十分でありまた活動にも適しています。


楯はクレタ風の八字型や全身をおおう大形のほかに、本来の円形楯が使われます。


攻撃用武器には弓、長剣、短剣、短い投槍、小刀、手斧がありましたが、剣こそ武人の誇りであって、進歩が目立ちます。


クレタではせいぜい70センチであった長剣は、85センチから95センチの長さにもなります。


長剣は突くことを主とするから、長くまた強靱でなければなりません。


ミケネの冶金術と鍛工術とは刀身に鏑(刀の刃と背との中間に補強のために高く立っている稜)をつけて長さと強さを増しました。


ミケネ時代の各墳墓から多くその装飾の円盤は、中央のものから次第に小さくなります。


この墓からは別な冠が出土しています。


その黄金板は薄いから、皮または布で裏付けされていました。


ミケネ金工が腕を奮うのは、武人社会にふさわしく武器です。


ミケネ戦士はクレタ戦士とはまったく異なる装備をしています。


彼らは兜、胸甲(壁画には描いていませんが)、脚甲をつけ、楯と槍をもち、剣をさしています。

古代美術の装飾 3

トロイア戦争の時のギリシア軍の総大将であり、ギリシア悲劇の主人公になる王にふさわしい威厳と哀愁をもつ顔です。


これにたいして別な人相のものもあります。


大きな円頭には髪はなく、薄い眉の下から大きな眼が、閉じているのかもしれませんが、なお睨んでいます。


口舞も薄く口許は緊まっています。


怪僧のようです。


ここには戦国時代の荒浪をのりきる王者の精力が露わにでています。


他のマスクもやはり個性的で同一ではありません。


これらのマスクこそヨーロッパで最初の肖像だといわれます。


城外の円形墓地Bからも1個が発見されていますが、黄金製ではなくエレクトロン製であって、眼を閉じており、Aのものよりは素朴です。


ミケネの王や一族はマスクのほかに輝くばかりの黄金の宝飾品を身につけ、また側において葬られていました。


四弁の花とか渦巻を表わした大小の耳飾り、大きな花文や連渦文を打出した腕輪、鳥やザクロを連ねた頸飾り・・・


またタコ舟、ユリ、キヅタ、花などがある2センチから7センチの小浮彫板は頸飾りか垂飾りの一部かもしれません。


また、渦巻、タコ、蝶、花などの浮彫りのある6センチ前後の小円板が、ある一つの墓だけでも数百も発見されましたが、これは齎物につけていたと推定されます。


また鳩が守る祠堂の打抜き細工はクノッソスの礼拝所を思わすし、黄金製の天秤は珍しいものです。


その他に多くの小さな打抜き像がみられました。


黄金の冠(ミケネ第3墓出土、前16世紀)は女性の墓から出ました。


王妃か王女のものでしょう。